もう寝たい男、まだ話したい女。
午後11:30、戦争は静かに幕を開ける。
夕飯もお風呂も済ませ、PCでの作業を終えた彼はテレビの前に置いてある任天堂Switchをベッドまで持っていく。
「スプラトゥーン2」のゲームBGMが、隣の部屋から微かに漏れてきた。
これは、一種の合図である。
なんの合図か?
「このゲームをやり終えたら、僕はもう寝るよ」
という、彼からの合図なのだ。(彼はこの行動を合図とは思っていない)
この合図を皮切りに、私は急いで歯を磨き、コンタクトを外し、PCの作業を頑張って終わらせ、寝る準備へと入らねばならない。
無論、これは私が勝手に決めているだけである。
家の戸締りを確認し、リビングの明かりを消したあとで、彼がいる寝室へと足を踏み入れた。
さあ、ここからが本番である。
私はなるべく彼の注意をひきたい。
彼の注意をひいて、ふたりのカンバセーションを生み出したいのだ。
同棲を始めてから、一緒にいる時間は格段に長くなったが、ふたりのコミュニケーションの時間は反比例の傾向にある。
あかん。
それでは、あかんのだ。
幼い頃、母が「夫婦は会話が大事」と言っていた意味がよく分かる。
長年一緒にいるカップルも、会話が大事なのだ。
何も難しい話がしたいわけじゃない。
安倍首相がどうだとか、
相対性理論がなんだとか、
日韓関係をどうしようとか。
全部大切なことだけど、私が寝る前のベッドの上で彼と話したいことは、そんな難しい話ではない。もっとくだらない話である。
行きつけのスーパーを変えてみたとか、
石原さとみが可愛すぎるとか、
雑誌の付録が豪華だったよとか、
おでこに大きなニキビができたとか。
くだらねえええええええええええええええ
と、思えることほどふたりで共有していきたいのだ。
「くだらいよね」
「ね、くだらないね」
としんみり話しながら、それでも何となく「今日もいい日だったね」と思いたい。
その日あったくだらないことを話せる相手が、今日も側にいてくれること自体もうハッピーだし。
「ねえねえ」
くだらない話をしようと、うつぶせになりながらゲーム画面に向かう彼に声をかけた。
彼は、こっちを見ずに返事をする。
「今日、本屋で買った雑誌が…」
「うおっ!」
「付録ついててさ…」
「おい、ヒッセン(ゲーム中の武器)強すぎだろおおおお!!」
「でね、その付録が…」
「くそお、負けたああああああああ」
ピピーーーーーーーーーーーッッッ!!!
ゲームの終わりを知らせるホイッスルが、私たちの小さな戦争にも終止符を打つ。
彼はその一戦を最後に、ゲームのスイッチを切り、本格的に寝る体勢に入った。
「電気消すよー」
この言葉が聞こえたら、もう負けは確定である。
この日も私は、彼とくだらない会話をすることなく、不完全燃焼のまま眠りにつく。
「「おやすみ」」
「もう寝たい男」と「まだ話したい女」の戦いは、まだまだ続きそうである。