昨日の夜、彼と喧嘩をした
題名の通りである。
昨日の夜、彼と喧嘩をしたのだ。
原因は単純なもの。
彼がようやく夏休みをとれるので、旅行に行こうと話していたのに、彼が一向に日程を決めようとせず、挙句の果てには「(日程)決める必要ある?」と、こちらに背を向けた状態で言い放ったからである。
彼は、いわゆる気分屋で(自分でも認めてる)
休日の予定もだいたい前日の夜 or 当日になるまで決めない。
こういうとき、私ができた女性であるならば
「だって、楽しみなんだもん…」
と、頰を小さく膨らませつつ、伏し目がちになるなどして、事をかわいく済ますこともできたかもしれない。
けれど、残念ながら私はできた女性ではない。
現実は「いい加減にしてよ」と簡単に痺れを切らし、そこからはひたすら黙り込むという思春期を迎えた中2女子みたいな態度しかとれない。
これが、夜ご飯を食べる前に起こった喧嘩だったら、おいしい料理の仲介もあって、自然に仲直りが出来たかもしれない。
生憎にも、喧嘩をしたのは寝る直前。
明かりを消した真っ暗な部屋は、仲直りをするには向いてない。
セミダブルの布団の両端で、お互いに背を向けあいながらスマホをさわる。
「終わりよければ全て良し」
なんて言葉があるけれど、これは裏を返せば
「終わり悪ければ全てダメ」
ということではないか(多分ちがうけど)
寝る前の彼との喧嘩ひとつで、今日一日がまるでダメな日だったと思えてしまうのも、そのせいかもしれない。
そんなことをグダグダ考えていると、隣から寝息が聞こえてきた。
男の人はいつだって、欲求に無駄な感情を挟まないでいられるからズルい。
恋人と喧嘩をしたって、夜になればぐっすり眠れるのだ。
考えれば考えるほど、自分が幼稚に思えてくる。
次々と頭の中に浮かんでは埃のように積もっていく邪念を振り払う。
「明日の朝、どんな顔すればいいんだろ」
だんだんと鈍くなる思考のなか、そんなことをぼんやりと思いながら眠りについた。
*
朝、じめっとした暑さで目が覚める。
「切」になっているタイマーを適当に回すと、
扇風機が生ぬるい風を運んできた。
体ごと横に向くと、隣に彼の姿はない。
(もう仕事行ったかな…)
重たい瞼をこすりながら、夏用のブランケットを体にかけなおした。
その数秒後に、耳元で聞きなれた声が聞こえる。
「起きた?行ってくるね」
目の前には見慣れた顔。
何も考えず、手を伸ばして彼の髪の毛を触った。
朝シャンでもしたのだろう。少し濡れている。
「いってらっしゃい」
寝室を出て行こうとする彼。
すると、その直前で何かを思い出したかのように戻ってきた。
「これどうぞ」
そういって、彼はさっきまで着ていた自分のパジャマを枕元に置いていった。
玄関のドアを閉める音が聞こえる。
ゆっくりと手を伸ばし、彼のパジャマに顔をうずめた。
世界で一番好きな匂いが鼻をくすぐる。
(ズルい…)
毎朝、彼は出勤前に必ず声をかけてくれる。
そして、自分のパジャマを枕元に置いていくのだ。
喧嘩をしても、意地を張らず、普通に接してくれる。
彼が年上であるということを、強く意識する瞬間のひとつでもあった。
ああ、たったそれだけのことで、もう何でもいいかと思えてしまう。
なんて、単純な女だ。いくらなんでも単が純すぎるだろう。
もそもそと布団からでて、真っ先に冷蔵庫へ向かい、冷凍してあった鶏肉をキッチンに出す。
(今日の夕飯は、彼の好きな唐揚げにしよう)
それだけ決めて、二度寝をするために布団に戻る。
世界で一番好きな匂いを、片手に握りしめたままで。