「シンプル」を大切にできたなら
毎年この時期になると、髪を明るく染めたくなる。
きっと、そう感じているのは私だけじゃない。
大学の校舎で、電車のホームで、駅前のショッピングモールで。
日常のいたるところで見かける明るい頭髪の多さが、それを証明している。
夏がきた。
ただそれだけの理由で、人は髪色だけでなく気持ちまで明るくなる。
とても不思議だけど、とても良いことだなと思う。
複雑なことばかりで疲れてしまう現代だからこそ。
私たちは、シンプルな理由でもっと幸せを感じてもいい。
そう感じる出来事があった。
2週間前に美容院へ行ったときのこと。
浴衣姿の女の子がお店に入ってくるのをみた。
黒地に大きな花の柄が、少し日焼けした彼女の肌によく馴染んでいたのが印象深い。
年は、20前後といったところだろうか。
少し派手な浴衣に反して、彼女の髪の毛は素朴に後ろでひとつに束ねられていた。
「今日、花火大会なんすよね」
それまで、無言で私の髪の毛を染めていた美容師が話しかけてくる。
「毎年、この時期は多いんすよ。浴衣のお客さん」
女の子が、こちらに背を向ける形でイスに座った。
私の席から鏡越しで、ぎりぎり彼女の顔が見えるくらいの位置。
担当の美容師が席に近づくと、彼女はスマホを取り出し、画面をスクロールし始めた。希望のヘアスタイルは、すでに決めていたのだろう。
「準備するので、ちょっと待っててくださいね」
美容師がその場を離れると、彼女はスマホの画面を下にして置き、鏡をじっと見つめる。
お店に入ってきたときは、どこか緊張を残した顔をしていた彼女の顔が次第に緩み始めた。
期待のヘアセットが出来上がるまでの30分。
彼女は、何回好きなひとの顔を思い浮かべたのか。
「かわいい」
彼に、そう思ってもらいたいから。
そんなシンプルな理由ひとつで、彼女はここに来て、幸せそうな顔をしていた。
私たちの身の回りには、こんな風に
単純で、シンプルな、幸せの種がいっぱい落ちてると思う。
初めて挑戦した料理が、めちゃくちゃ美味しくできたとか
お風呂上がりに飲む、キンキンに冷えたビールが美味しいとか
何でもないSNSの投稿についた、好きなひとからのいいねとか
そんな些細なことにでも
「あー、なんか幸せだな」
と感じられたら、きっと、毎日がもっと楽しくなる。
美容院を出て、仕事終わりの彼と待ち合わせるために最寄りの駅へ向かった。
改札の近くでスマホをいじる彼の姿が見える。
彼がこちらに気づくよりも先に、声をかけた。
「ねえ、今日の夜はラーメンがいい」
「え、全くおんなじこと思ってた」
私たちは
シンプルな理由でもっと幸せを感じてもいいのだ。